セサミストーリー

夜中。喉が渇いたのでなにか飲み物をと炬燵から這い出てキッチンへ。冷蔵庫の中にそれらしいものは入っておらず珈琲でも飲むかと思ったのだけど一杯分のためにわざわざ淹れるのも面倒だったからインタントで済ませることにした。下弦の月は弱弱しい光を放つだけだったけれど屋根の上に積もった雪がその青い光を反射していて、明りを点けなくとも薄暗いキッチンで湯を沸かすぐらいどうにかなりそうだった。足元の棚から薬缶を取り出して水を入れクッキングヒーターの上に載せて電源を入れた。表示窓からオレンジ色の光が漏れたとき薬缶が天板に描かれている電熱するための円から少しズレていることが見て取れた。少しずらしてヒーターのボリュームつまみを最大の位置まで回すとブーンという音をたてて湯を沸かし始めた。
湯が沸くまでのあいだ腕組みをして身体を左右に揺すりながらいろんなことを考えた。遠い昔に暮らしていた人たちのこと。それを引き合いに出してロマンを語る人のこと。肉屋の旦那さんと奥さんのこと。金貸しのこと。酒を飲むと真っ赤な顔になって寝てしまう男のこと。「ここ何日間かで東京に雪が」と言ってたアナウンサー。東京で雪が降ろうが俺には関係ねえ。政治のこと。権力のこと。コンビニのかわいらしい店員のこと。死刑のこと。敵討ちのこと。冤罪のこと。飲み屋のオンナノコのこと。おっぱい。柔らかいおっぱい。固いおっぱい。俺のおっぱいは平べったい。原理主義。このまえ食べた熊の肉のこと。知らないということ。『わかちあう』ということについて。そのどれもの表面をなぞるようにあれこれ考えているうちに湯が沸いた。
当初は湿気対策のつもりでインスタントコーヒーの顆粒はアオハタのジャムの空き瓶に詰め替えていたのだけど、そのうちその小瓶に詰め替えるのが習慣になり今に至る。棚からマグカップを取り小瓶の蓋を外しザラザラと顆粒をカップの中へ入れた。インスタントといえども充分に苦く濃い珈琲が好きだから白いカップの底からその白色が消えるまで顆粒で埋め尽くす。ヒーターの上から薬缶を取りカップの中へ湯を注ぐと冷え切った部屋に弾けるように蒸気が立ち上る。後で洗うのも面倒なのでスプーンは使わずカップをぐるぐると回して顆粒を溶かす。湯気でカップの中はまるで見えないのだけどいつもの調子で回しながらヒーターの電源を切り炬燵へ戻り撮り溜めたテレビ番組の続きを見ながらカップに口を付けソロソロと啜る。
カップの中は黒ゴマの熱湯割りだった。黒ゴマもジャムの小瓶に入れている。