羞じらい・イズ・デッド

東京へ見物に出掛けてきたのだった。細かく言えば東京のみならず埼玉の所沢にも出掛けてきたのだが都合三時間程しか滞在しなかったので言うのも憚れるので書くつもりはなかったのだが何故か書いてしまっておるのでどうしたものか。まあ、なんとなく「東京」としておく。
埼玉から汐留の宿へ一旦荷物を預けに立ち寄った際に、部屋の薄型テレビのスイッチを入れると戦争の模様が映し出され大層たまげた。しばらくたまげておったのだが晩飯を食う頃合となったので宿を出た。腹が減っては戦ができぬと言うし。晩飯を食う予定であった両国にある元相撲取りが経営しておる鍋物屋へ向かう道すがら同行の者たちと、追い込まれた彼の国が自暴自棄で方々へ爆弾を飛ばしたならここ東京は格好の標的であろうな、であれば今日に限って東京に滞在しておる我々はどこまで運のない人生であろうかなどと話しておったところ、ほほ、彼の国の技術力では群馬或いは山梨の辺りで墜落するか千葉あたりまで飛んでいくだろうよ、我々とて東京とその周辺との境界が曖昧ではないかと年長者が笑い飛ばすので、そんなものかもしれぬなとひとまず安心した。実際そんなことより腹が減って戦どころではなかった。鍋物屋に着くと中華民国出身とおぼしき女給係りに宴会場へと案内された。座敷で相撲取りが食べるという寄せ鍋を待っていると、手の平より大きな男爵芋を潰して揚げたものやら流行の油の入った甘い牛筋の煮込みやら雑多な脂っこい食い物が出てきて、相撲取りの鍋が運ばれてくる前にすっかり腹いっぱい食い散らかしてしまった。ところが相撲取りの鍋を一口義理で食ってみたところ非常に良い出汁が出ていてなんだかんだで雑炊まで食ってしまい腹が千切れそうだった。ははん、さてはこうやって大量に食わしてぶくぶく太らせたら部屋の弟子に獲ろうって魂胆だなと謀議謀略を見抜いたところで逃げることもできぬほど胃がギチギチであった。
果たして弟子に迎えられることもなく鍋物屋を出た。腹は大入り御礼だしこれで宿に帰って寝るのもやぶさかではなかったが年長者に今後の身の振り方について尋ねると、歌舞伎町へ皆連れ立って行こうではないかと言う。アテはあるのかと聞けば東京在住の案内人が待機しておるというので両国駅から総武線に乗り込み新宿へ向かい、東口の改札を出て靖国通りと中央通り角にある雑貨商を営む喧しいビルヂングの前で待っていると、インテリヤクザみたいな者が近付いてきて、どうも皆さんお揃いで。と言う。彼が今夜の案内人だったらしく一言二言挨拶を交わすと、じゃあ行きましょう。と中央通りを奥へと進むのでのろのろと後をついて歩いた。何度か角を曲がって花道通りに出ると、交渉しますんで。と案内人は油で丁寧に髪を撫で付けた黒い服を着た男となにやら密談を始めた。じゃ、入りましょう。と案内人は颯爽と回り階段を上り煌びやかな店の中へ消えた。同行のコウちゃんと「三枚は覚悟しておいたほうがよろしいか」「この店入ったら財布の銭が全部吹き飛びますよ」などとやりとりをしながら店に入ると鉤爪の形にソファーがぐるりと巡らされガラス細工の施されたシャンデリアがいくつも吊り下げられた部屋へ通された。入り口から一番奥の席に座ると弧を描く客席の向こう正面のコウちゃんと目が合った。コウちゃんは悲壮な覚悟をした特攻隊の青年のような面持ちで、こくり、と静かに頷いた。
いつからか騙されるのが愉しくなり、いつからか騙されるのにも飽きてしまった。
同行の者それぞれの脇に下着のような薄い布切れをつけた女給たちが腰を下ろした。栗色の髪を縦に巻いて黒いペチコートのような布切れを着た女給が隣にやってきた。ヤスデのような睫の奥に髪と同じ栗色をした眼球があった。みなさんどちらからいらしたんですか、微笑みながら尋ねてくる女給に「国後から犬ゾリで来ました」とたどたどしい日本語で答えたりなんかしておったところ何を言っても信じてもらえなくなった。やがて短髪の番頭のような男に呼ばれて彼女は席を立っていった。隣に座る兎の耳を着けた女給と愉快そうにお喋りをしているコウちゃんを眺めながら吸っていた煙草を吸い終える頃、先ほどの女給と入れ替わりで看護婦の格好をした金色の髪の女給がやってきた。みなさん同じ会社なんですか、微笑みながら尋ねてくる女給に「択捉海豹捕獲連合のトムヤムクン同好会です」と今度は流暢な日本語で答えてみた。どうでもよかった。対面のコウちゃんは相変わらず愉快そうだった。しばらくぼんやり過ごしていたら会計の伝票が挟まれた黒いビニールレザーの包みが案内人の元へ届けられ皆の下へ支払うべき金額が告げられた。まあまあの金額であったが恵比須顔だったコウちゃんは支払いを済ますと能面のようになっていた。これで義理も果たしたと算段しておったのだが、次が本命です。と案内人は再び我々を引き連れて歌舞伎町を歩くのだった。つづく(たぶん(わかんないけど))