おてんきのはなし

先週ぐらいから天気の様子に影響を受けすぎていて、雨降りやブ厚い曇に覆われているときなんかは不必要なくらい気分がドンヨリしてしまっていた。身近な人が亡くなったり親父や従兄弟の命日があったりして文字通り湿っぽくなっていたのだと思う。天気のほうも晴れの日が続かなくて気分も生乾きのまま腐臭を放つ毎日がただただ過ぎてゆくばかりだった。一昨日の夜に雷がやたら光って激しく雨が降ったせいか昨日は割りといい天気で、つられて気分も良くなった感じで人に会って話をしたりしたらようやく現実の世界に戻ってくることができた。

今日も天気が良かったから昼飯を食べ終わった後、ごろごろしないで音楽を聴きながら少し遠回りをして会社に戻った。近所の家の2階のベランダで赤とベーシュの薔薇が満開だった。全然気付いてなかった。もう少し歩いていくとうっそうと生い茂る庭木の中で、あれなんだろう、椿みたいな花が咲いていた。そんなふうに見回すと家々の庭先で花がたくさん咲いてることに気付いた。花の名前は知らないけれどみんな一生懸命必死で咲いていた。それが美しいと思ったし前にもそんなふうに思ったなと思い出した。空は真上が濃い青で山の稜線の方にいくにつれて水色に近く薄くなっていってた。警察の官舎のペンキが変なふうに剥げていたり、古い家の屋根の線が濃い青空の奥行きを一層深いように見せていて、庭師が手入れをしてるだろう庭木がプードルみたいに刈り込まれていたり、ちょっとした崖のようなところから見える丘の向こうにある神社の高い樹がサグラダ・ファミリアみたいだったり、初めて来た街みたいだった。

角を曲がって会社のほうへ向きを変えると、田植えを済ませて水が張られた田んぼが青い空と白い雲を全面に映していて、見上げた空には真っ白なでかい雲が浮かんでいて、積乱雲て呼ぶのか入道雲と呼ぶのかはたまた全然違うのか知らないけれど、モコモコのビバンダムがでーんと横たわっているように見えた。ちょっとグレーの雲もあったりして向こうの山に影を落としていたんだけど、山は木の葉が茂ってモコモコしていて空と山のモコモコ対決で、ホームセンターの先の家に赤や黄色やピンクの薔薇のような薔薇じゃない花が咲いていて甘い匂いがした。会社の冷たい飲み物がなくなっていることを思い出してスーパーに向かって歩き始めると歩道のツツジの植え込みからツツジではない紫色の小さい花が咲いてた。

スーパーに入って2Lのお茶のペットボトルを2つ買った。レジ袋は有料だからテープを貼ってもらったペットボトルを両手にダンベルのように持ってまた会社のほうへ。さっきの反対側の歩道の端には真ん中が黄色くて白い花弁がついた花がいっぱい咲いてた。そうやって僕はほんとうに花の名前を知らないのだけど、なんにも知らないほうが目にしたときにトキメキのようなものを感じるような気がする。百人一首で上の句を詠まれたときにパシッとするのか下の句の一言目を耳で聞いて目で追って探し当てるのか、そんなようなものかな全然違うかとか思いながら歩いていくと、ダックスフントのような真っ赤な花が咲いていた。このまえ解体された住宅の敷地に取り残されたようにシュロの木が2本立っていて、尖った葉が風に揺れているのを見て風が出てきたなあと思い、このまえまで菜の花が咲いてた畑はただの草むらになってた。

そんなようなどうでもいい話なんだけど、そういうのをついこの前までクソみたいな話でなんの意味もないと思っていたのだけど、今は誰かに話したいというか人目につくところに記して誰かの頭の中でこの光景が浮かぶといいなあと思ったりしている。そのくせ写真はない。どうしても写真を撮ると目で見た景色と違うから。好き勝手に空の青を想像して好きな色の花を咲かせればいい。そのほうがたぶん僕の目で見たものと近いと思う。とにかく晴れて咲いてんだ。