歯ピカ日記

しばらく前から歯の裏側が煙草のヤニで真っ黒になっていたので歯医者へ行って掃除をしてもらいたかったのだけれどもなかなか時間が取れずにいて、そのあいだにどんどん黒さは増していき僕の歯の裏側にはびっしりと松崎しげるみのもんたが棲みつくようになっていた。

まあ言うほど忙しくもないのだけれども、ようやく時間の都合がついたのでしげるやもんたを除去してもらいに行ってきた。これまでに通ったことのある歯医者ではなく助手がみんな夜の蝶のようだと噂の歯医者へ。期待に胸が膨んで一時的に鳩胸となってポッポルポッポルさえずりながら行ってきた。ビルの4階、彩やかな濃いブルーに塗られたスチール製の自動ドアの向こう側は煌びやかな照明が輝く大人の社交場であった、わけでもなく別段代わり映えのしない歯医者の風景であった。受付の女性も特に髪の造型が螺旋状になっているわけでもなくマスカラが山盛りなわけでもなく「ご指名はございますか」と問われるわけでもなく、どちらかといえば地味で機械的で、奥の方からきゅぃーんと機械の音が聞こえてくるふつうの歯医者であった。

受付を済ませて本を読んでいたら名前を呼ばれ2番のブースへ行けと言われた。果たして2番のブースには胸元を強調したタイトなロングドレスを身に纏った巻き髪のうら若き歯科助手が待っているわけでもなく、ラメ入りのチャイナドレスを着た妙齢の女性が煙草をふかして待っていて、促されるまま椅子に腰掛けて施術を待っているあいだ浴槽に湯を張りローションを洗面器の中でざぶざぶ捏ねながら「お客さんこういうとこ初めて?」と言いながら金歯を見せて微笑んだ。ということもなく2番ブースにはワンピースでない制服を着てマスクをした中年の女性がいて、自動で起き上がったり倒れたり上がったり下がったりする椅子に座っているあいだ淡々と問診をしたり事務的に歯茎の様子を調べたりした。歯茎がちくちくした。

無影灯が付いたアームの付け根のところに小さい液晶モニターがあって、子供を飽きさせないためにDVDかなんかを流すのかなと思っていたのだけれども一通り歯の様子を調べた後で「じゃあ汚れを確認してもらいますね」といってCCDカメラを口の中へ入れて歯の裏側のしげるやもんたの様子がそのモニターに映し出された。それはもう、とてもしげるであり、やたらともんたであった。喫煙による害かなんかのタイトルを付けて待合に貼られるポスターのモデルになりうる黒さであり、漆を幾重にも塗ったような真っ黒さ加減に吐き気がするほどであった。モニターを注視できず「ぐわっ」とか「ごぅぇ」とか呻き声を漏らす僕に「うふふふ」と女性は嬉しそうな笑い声を寄越した。そして汚れているけれど歯は丈夫だし虫歯もないと慰めてくれた。

チュインチュイン音のする研磨機のようなもので歯の裏側や歯茎との境目を削ったあとで、取り残しを鉤爪のような形の棒でガリガリやって、そのあと磨きますねと言ってゴリゴリ音のするやつで削り取って凸凹になった歯の裏側を滑らかに仕上げてくれた。施術が終わって手鏡で歯の裏を見たらしげるやもんたは消え失せてピカピカになっていて舌触りもツルツルになった。

綺麗になったと清々しい気分でいたら椅子を倒され少し待てと言われた。寝ながら天井を眺めていたら遂に夜の蝶のような助手が現れて、蠱惑的な笑みを浮かべて僕の上に跨ると両手で頬を押さえて唇を重ね舌を口の中に滑り込ませてきた。歯の裏側を執拗に舐め回して掃除が済んでいることを確認するとようやく顔を離し、こんどは耳元で熱い吐息を漏らしながら「わたしの下のお口もこのディスポエクスプローラーで掃除してくださるかしら」と股間で怒張したインスツルメントを握り締めて言った。僕は昂ぶりを抑えることができずベルトに手を掛けた。その瞬間どこからともなく天狗の大群が現れ葉団扇を僕に跨っている女に向けて煽ると颶風が巻き起こり、妖艶な衣裳や豪勢な巻き髪が吹き飛んで、ぎゃあああああという断末魔と共に女は一匹の白い蛇に姿を変えた。赤い舌先をちろちろと出したり引っ込めたりしながら白い蛇は床の上をくねくねと這って物陰に消えた。僕はいつまでも滑らかになった歯の裏を舐めていた。