中折れ男と腋毛女 第二話

杉本と林田を乗せた後にまずは宿へ旅の荷物を置きに向かった。杉本については何度か顔も合わせておりだいたいの人物像のようなものは把握できておるのだが、林田については全く未知の女性であり、運転しつつ室内鏡に視線を飛ばして悟られぬ様に改めて顔を見やれば、欧州等の白人風情からすれば東洋でも南方の人種と見紛うに違いない濃度の面構えであるからして、幼き頃に生き別れとなった妹やもしれんと一瞬逸る気持ちがあったのだがそういった逸話はこれまで聞いたことがなく、赤の他人であることには間違いなかった。しかし、と思う。もしかしたら彼女は遠い宇宙の惑星からやってきた人型クリーチャーで頭皮をべろんと剥くと鋭い牙みたいなものが生えた大きな口を持っていてケケケケケーと高笑いをしつつ頭から一飲みにされてしまうやもしれんと訝しげにまた室内鏡で確認するも、やはり単に顔が濃いという悲しい宿命を背負った一般女性であるように思えた。一般女性(濃)であった。そしてまた、二人で来たという事実に関してはどういった関係であるのかは言わずもがなであるのだが、それがどの程度の関係なのかといったことについては知られざる部分であった。

ゆるゆると坂を下り橋を渡るなどしている間それとなく二人の付き合いの深さについて、開発済みなのか、調教中なのか、生理中だから口でしてあげるという話は童貞の妄想か都市伝説ではないのか、といった話題に水を向けようと試みるのだがどうしても口を吐いて出るのは、高速道路の混み具合はどうであったとか、腹の減り具合はどうだとか、そういった瑣末な事柄ばかりであった。いや、むしろ興が乗りでもして、昔好きだった男の陰茎を切り取って懐中に忍ばせている、といった背筋の凍るような独白でもされたらどういった言葉を掛ければ良いのかわからなくなるので、今日はいいお天気ですねとか、最近仕事は忙しいですか、やっぱり靖国参拝は近隣諸国の感情を逆撫でしますかね、といった当たり障りのない短く「ええ」と返事をすれば済む様な話題がタクシーの車内で往々にして繰り返されるのは道理であるのだなと思った。

程なくして宿へ到着し、女将に部屋へ案内される二人を見送って縁台に腰掛け煙草に火を点けた。やっと二人きりだね、かなんか戯言を二言三言交わして乳繰り合っていたりなんかしたら小一時間待たされるやもしれんなと思い二本目の煙草に火を点けたあたりで女将がやってきて、当初両人を泊める予定であった部屋では隣接する部屋の宿泊客とお互いの私的領域が侵される懸念がある故、それべしの部屋を宛がった旨を伝えてきた。くふふ。伊達に四人も子供を産んではいない気遣いである。自然の成り行き、という言葉が後頭部のあたりからぽっと大気中に放たれ紫煙と共に秋の空に立ち上った。しかしどうも最近はそういった信仰があるわけでもないのに七つの大罪とされるものを忌み嫌う風潮が蔓延しているようで、食欲が旺盛であれば卑しい奴と捉えられ、色欲が強ければ性犯罪予備軍のような侮蔑の眼差しを受ける。まるで修行僧のように粗食で性欲などは一切唾棄して過ごすことが美徳であるかのような世の中である。それでいてインポだセックスレスだと言うのだからよくわからない。ごく自然なことじゃないか乳繰り合うのは。おれも婦女子と乳繰り合いたい。しかしこの状況であの二人が本当に乳繰り合ってたら怒鳴り込んでやる。と憤っていたら二本目の煙草を吸い終える前に杉本と林田はやってきた。なんともパサパサな関係であるなと思った。