中折れ男と腋毛女 第一話

風の強いよく晴れた土曜日であった。事業に於いて小さな失敗が相次ぎ精神的に参っておったので、他所から見知らぬ人が尋ねてくるというのはどこかしら変化の兆しになるのではないかと少なからず期待してはいたものの指折り数えるほどの楽しみかと問われればそうとも言えず、寧ろどのような表情で現在の暗澹たる心情を包み隠して朗らかに接するべきかということの方が頭の中を占めていた。物憂げな顔に気を遣われて慰められることなど著しく自尊心を傷つけられるに違いなく、まして時間と金を遣って旅をした先で案内役が浮かない表情をしていたら剣呑たる気分になるだろうと己を奮い立たせ、そうだ鼻眼鏡を掛けて出迎えよう、黄金色に輝く上着を羽織っていこう、なんなら白いタイツの股間に白鳥の首をぶら提げてやろうと思い立ち祭事用玩具を販売しておる店舗に赴くと数週間前に廃業しており、結局そういった無理矢理な気分の昂揚も叶わずその日を迎えたのであった。危なく通報されるところであった。

そう、風の強いよく晴れた日であった。朝から午後まで跨る行事を観覧する予定であったのだが土埃がぎゅんぎゅんに目に飛び込んできて溶接工が被る鉄火面でも着けぬことには目を開けておるのも困難であったので昼飯休憩になったらこれ幸いと家に逃げ帰ってぐうぐう昼寝をした。鯰が地震を察知するように森の小動物が山火事の気配を敏感に感じ取るように待ち合わせの時間の少し前に目覚めた。ノンレム睡眠時に現へと舞い戻ったはずがなかなか目が開けられず虚ろな眼で煙草を吸っていると携帯電話へ電子書簡が届いた。「思いの外予定時刻より早く到着したので西からの連れと先に落ち合うことにした故、ゆるりと参られよ」といった旨が感嘆符付きで書かれておった。差出人は杉本(仮名、以下杉本)であった。のほほん。さては久しぶりの逢瀬を邪魔をされたくないというわけかと合点して、逆に急いで支度を整え、見詰め合って何某か愛の言葉を囁いておる脇から「いらっしゃーい」と桂三枝の物真似でもして参上するべく二人と落ち合う場所へと急発進するといった謀を思いついたのだが、そんなことをして誰が得するわけでも無く生憎こちらにも事情がありそうとはいかなかった。

待ち合わせ場所が空洞化現象を起こして閑散としているとはいえ人の往来のある場であることを踏まえて、迎えの車が到着するまでの間に人影のない場所を選ぶなどして仏国式な接吻、或いは濃厚な接吻を挨拶代わりに行った後にオートマティックにちょっとしたペッティングに移行すべく更に茂みの奥深くへ這う様にして進み、なんとなく野生化して歯止めが効かなくなり股座をまさぐり合って「あ、あかん」と関西弁で言っておるのではないか、「あかん」とは言うものの下のお口はだだ漏れではないか、というような想像をして、くふふ、猿めが、と、にたにたしながら用事を済ませて自動車で迎えに行った。果たして市営動物園という冠の付いたそこいらの野山から見繕ってきた猿や鹿などのさして珍しくもない野生動物を檻に放り込んだだけの簡素な施設の辺りまで自動車、この自動車は普段乗っていた黄色い小型の幌付き自動車の内燃機関が尋常ならざる壊れ方をして修理に出している間の代替として格安で自動車販売店から借用しておる黒い五人乗りのぱっとしない乗用車なのだが、で、迎えに行くと少し手前で顔の造形が派手でこれまた顔に負けず劣らず派手な極彩色の洋服を着ておる女性と擦れ違ったのだが、おそらく彼女は比律賓国から来ている女給かなにかであって待ち合わせをしておる西から来た林田(仮名、以下林田)ではないだろうと通り過ぎたのであったが、果たしてその女性こそが林田であったことを、直後に再会した杉本に紹介されて知るのであった。