湿気日記

コンビニから出たときに水色の折り畳み傘を鞄から取り出してパサッと開いた色白の若い女性がすごく可愛らしくみえたのは、なんだか育ちが良さそうな感じがしたからだ。父親はきっと家ではガウンを着てロッキングチェアーかなんかに揺られながらCNNとか観てブランデーグラスをくるくる回してる。昔は公営で今は民間企業になったNTTような会社の上役でお給料がいい。母親は煮込み料理が得意で聞いたこともないハーブを隠し味に使ったりなんかしたり、ご祝儀や香典お見舞いに遣う熨斗袋には墨を摺って毛筆で美しく名前を書くような人で、夏の外出時には日傘を欠かさない。妹は中学生で部屋には漫画本とかいっぱいあってアイドルなんかより漫画の登場人物に恋しているような娘で、卓球部のマネージャーかなんかで去年のクリスマスに同級生と神社でファーストチッスを済ませた。同級生はサッカー部でセントラルミッドフィルダーであまり得点には絡まないのだけどしつこい守備が監督に気に入られている。監督は社会科の教師で教科書に載ってない史実を面白おかしく生徒に聞かせることが得意。長いこと付き合っていた恋人がいたんだけど彼女は交通事故で片目がほとんど見えなくなってしまって違う街へ引っ越してしまって別れてからはずっと独り。教員の間では視力の話題がタブーとされるほど過敏。ある日、中年の体育教師が運転免許証の更新に出かけた際に視力が落ちてたと職員室で話しているところへ監督がやってきたので勝手に気まずい雰囲気になって体育教師は話を切り上げて職員室を出て行った。中庭までやってくると孔雀の世話をしている地味な女子生徒がいて彼女の母親と体育教師は不倫関係にある。女子生徒は体育教師の姿を見た途端に走って逃げた。父親を早くに亡くした女子生徒を女手一つで育てた母親と冴えない中年の体育教師が猥雑な姿をしているのを想像して女子生徒は吐き気がする思いだった。咄嗟に走り出して荷物の置いてある教室とは全く別の方向へ向かっていることに気付いて階段を駆け上がり渡り廊下を渡って教室のある北校舎へ向かう途中、廊下の角を曲がったところで誰かとぶつかった。尻餅をついた女子生徒が起き上がると目の前には転んでいる自分がいた。ということもなく女子生徒の前には鼻血を垂らして伸びている保健室の先生がいた。保健室の先生は中学生と見紛うほど背が低く童顔だった。というのも先生の父親というのは小人プロレスラーだったから。父が前座をつとめていた女子プロレスの花形レスラーを母に持つ保健室の先生はまさに「あいのこ」で、少女のような見た目とは裏腹に攻撃的な性格をしていたので幼女趣味で近寄ってくる男どもはコテンパンに振られていた。その中の一人には国会議員の息子も含まれていて金のチカラでどうにか手篭めにしようとしたのだが選挙事務所に先生が乗り込み支持者の前で札束を突き返した。公共事業の指名入札にスムーズに参加できるよう土木工事会社からの命令で事務所の電話番をしていた新入社員はその様子を見て「このセンセイも長くはないな」と思い、一部始終をインターネットの掲示板に書き込んだ。とはいえその掲示板の管理者は当の新入社員で、2ヶ月に一度何かの拍子に人が訪れる程度であったので大して騒ぎにはならなかった。書き込みからしばらく経って、旅行の宿泊先を休憩時間に携帯電話から調べていた弁当屋の店員がその掲示板を訪れたのだが2秒ほど画面を眺めて必要な情報はないと判断して別のページへ飛んだ。そうこうしているうちに休憩時間は終わり店長が呼びに来た。フランチャイズ制の弁当屋で店長をやっているのは元々その場所で肉屋をやっていた初老の男だった。彼の祖父がその辺り一体の大地主で手広く農業を営んでいたのだが、彼の父というのが変わり者でおかしな発明、洗濯機にジューサーミキサーを取り付けた物や、ペンダント型の蛍光灯に本物のサンドバッグを吊るしたり、テレビ電話だと言い家具調テレビに黒電話を乗せたものを作っては散財して、所有していた土地は粗方借金のカタに取られてしまった。弁当屋の店長である男は父亡き後残った土地で牛を飼い肉屋を始めると家計はそこそこ安定した。時代の波か大手スーパーが近所に出店してきたころから客足が減り個人経営の肉屋では立ち行きいかなくなったので、詩吟仲間の勧めでフランチャイズ制の弁当屋を始めることにしたのだった。その詩吟仲間というのも元々個人経営の酒屋をやっていたのだが帳簿が火の車となったところでコンビニエンスストアに切り替えた。場所が良かったせいで今ではそこそこの売り上げを計上しているのと、たばこ小売販売業の許可を持っていたことも幸いした。煙草を二箱買って車に戻るとフロントウィンドウに雨粒がポツポツと落ちてきた。ワイパーを動かして水滴を拭うと店から若い女性が出てきて目に止まった。鼻のあたりに湿気を感じた。
新宿のスナックへ閉店間際に行ってママチーママとそんなお喋りをしました。
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