クネクネ1095

暑くなると天気予報が言っていたのに雲って涼しかった昨日とは違って、今日は青い空が広がって太陽の下にいるとチリチリと焦げるように暑くなった。けれども日陰に入れば涼しくて風もいい感じに吹いて2009年の5月20日はなかなかの天気になった。当面、屋根の開かない車に乗ることになっているから折角のいい天気で残念だけど、幌の代わりに窓を全開にして、事あるごとに通った道を急ぐでもなしに走らせた。
駐車場で車から降りたときにちょうどヒュウっといい風が吹いてきて、土埃で少し白く汚れた黒御影石の前まで行くと思わず「よお、元気だった?」と声を掛けたくなるぐらいの気分だった。とっくに死んでいるのだから元気もなにもないんだけれど、まあそのぐらいの足取りで。スチール製の物置から手桶を取り出して水を汲んで墓の前まで行くと、何も刺さってない花を入れる筒の中が汚れているのが見えたから、もう一度流し台のところまで持って行ってピカピカに洗った。花は後で母ちゃんが持ってくるって今朝言ってたから僕は線香しか持ってないけどそれは忘れたんじゃなくて母ちゃんが、なんて言い訳をするような気分で筒を元に戻した。

手桶の水を柄杓で掬って墓石にかけると強い日差しを受けていたからか蒸気のようなものがゆらゆらと立ち上った。石に白いところが残らないように真っ黒に光るまでまんべんなくバシャバシャと水をかけた。落ちた水が撥ねて背中合わせで立っている知らない人の墓石が斑になって少しだけ申し訳ない気分になったのだけれども、じゃあっつってそこの墓石に水をバシャバシャやったら今度は隣に撥ねてまた隣もと、延々墓地中の墓石に水をかけるおっさんにならねばならんので、ここはひとつ御仏の心でもってお許しを得たということにした。

線香を上げて手を合わせて「おとうさん、今日は報告があるんだ」というようなこともなく、まあ、通り一遍ありきたりな宇宙との交信というか、毎日が嘘みたいに猛スピードで過ぎていくけど3年間を振り返るといろいろありすぎてすげー長かったよ、まったくよー、というようなことを想ったりなんかして。そうやって静かに首を垂れていたら近くでピアノを弾いている音が聞こえてきた。たどたどしい旋律に耳を傾けるとどうやら坂本九の『見上げてごらん夜の星を』だった。弾き終えるまで聞いていこうとなんとなく思って墓地の隣にある本堂の土間の上に座って煙草に火を点けた。ところが吸い終わったらあまりにも手持ち無沙汰だったから、つっかえつっかえで続けられる演奏にどことなく後ろ髪を引かれつつも墓を後にした。

陽の下にいたせいか暑くなったのでアイスクリームを買いにコンビニに寄ったのだけど、どれにしようか冷凍ケースの前で悩んでいるうちに涼しくなって別に食いたくもなくなったのだけど、また外に出て暑くなってやっぱりアイス買っておけばよかった!という羽目になったら嫌だなと思ってチョコレート味のをケースから取り出してレジのところへ行くと、小さい子供を2人連れたお母さんがいて菓子の袋を勝手に持ってきた子供たちに向かってこらーとか言ってて、不意に、親父にもあのぐらいの頃があってやっぱりこらーなんつって叱られていたりしたのかななんて思ったら、葬式のときにお婆ちゃんが物凄く悲しがっていた気持ちが少しだけわかる気がした。