アウトドア用品店はじめました

会社の空き部屋を使って新しい商売を始めることにしたのだがアイススケート場は失敗であった。そもそもスケートリンクが入るほどデカい建物ではないのだ。気を取り直して再び黄色い表紙の職業別電話帳で世間にはどんな商売があるのか調べてみたら次は『アウトドア用品』とあったのでこれも何かの縁かと思い早速アウトドア用品店を始めてみることにした。
物心ついた頃から虫の類が嫌いでございまして、毎年夏になると学校行事なんかでキャンプなんかに出掛けたりしますでしょ、あれが厭でねえ。キャンプ場ってえくらいですから外灯もないような山ん中ですよ、夜中にトイレに行きたくなったりして、こう懐中電灯をパチっと点けてですね恐る恐る歩いていくと、バサバサーつって大きな蛾が飛んでくるわけですよ。ああって驚いてるとこんだこっちの方から羽虫みてえのがブンブン寄って来て、あたしゃもう気が狂いそうになりながら手拭いでもって、こう、ぶんぶん振り回して追い払っているとですね、こんだ足元がさわさわするんですよ。えって足元見るとやたら足の長い蜘蛛みてえな野郎が足の上這ってやがるんですからたまらないですよ。それでもね、隣に好きな娘かなんかがいて、きゃあ無免許さん!なんつって抱きついてきてごらんなさいよ、ああ、虫が恐いのかい?大丈夫、俺がついてっから、虫なんてのは気にしないに限るよ、無視っていうぐらいだからね、あはははーん、なーんつって気丈に振舞うわけでさあね。ところが夜中も夜中、真夜中の午前二時とかそんな時間だから誰も起きちゃいやしねえ。一人で右往左往しながら端っから小便漏れそうだってのに輪を掛けて小便漏れそうになりながらトイレに行ったりなんかしてね。用を済ませてふうーなんつって一息つくのはいいんだけど、また帰り道で虫の野郎たちが襲ってきやがってそのたんびに小便漏れそうになってまたトイレ行って、ふうーっつってまたテントに戻りかけてまたトイレに行って。あたしゃとうとう眠れずに小道で日の出を迎えましたよ。次の日なんかは眠たいもんだからやたら機嫌が悪くてねえ。そんな調子を周りの連中がこんなふうに言うんですよ。「虫の居所が悪い」って。

いやまあ下手な口上はともかく虫が心底嫌いなのでキャンプもあまり好きになれない。そんな輩がアウトドア用品店をやろうというのだから片腹痛いのだが、それはそれなりの矜持のある店をやればいいだけだ。それに狭いテントの中で女の子と一緒にいると、きっといい匂いとかして幸せな気分になれるだろうからそこらへんを徹底的に追及したラインナップにしていきたい。まず完全防虫テントなのだけれどもこれは恐ろしく目の細かい網で覆ったり超音波みたいなものを出す機械とかベープの類を設置すればなんとかなるだろう。そして女の子対策についてなのだが、男の子がささっとテントを張ったりぱぱっ火を熾したりすることができると女の子の見る目が変わると思われるので、形状記憶合金でテントの骨組みを作ってホッカイロかなんかで温めてやると簡単にテントが張れてしまう商品を開発する。次に超強力な熱量を持った、一歩間違えるとちょっとした爆弾になりかねない勢いの固形燃料を開発する。そんなところでどうだろう。

段取りの次は実践で、その部分で値踏みされている価値というのはおそらく原始的なサバイバルの力量と思われるのだが、最もプライオリティーが高いものといえば食糧を獲ってくる能力であろう。星座を言い当てられても腹が減っててはどうしようもないのだ。そこで原始時代で最も価値の高い食糧といえば言わずもがなマンモスである。一頭手に入れれば幾日も凌げる巨大な肉の塊なのである。なのでマンモスも売ることにする。青森県のねぶた職人にマンモスの型を作ってもらい、膜の下には生でも食べられる牛肉を櫓に貼り付けておく。完全予約制で、何時何分にどこそこに登場といった具合にスケジュールを決めておく。まだ手も繋いでいない意中のあの娘をどうにかうまいこと言ってオートキャンプ場に連れ出して、眼前に出現した巨大な象を石ころかなんかを投げつけて倒したら極上のディナー(高級黒毛和牛のテンダーロイン)を振舞うのだ。きっと彼女も段取りの手際の良さや巨象を倒す逞しさに惚れ、血の滴るような肉の野生的な雰囲気飲まれて雌猫に豹変「外でするけど中にして」などと口走ったりするのだ。それが少子化問題の解消に微力ながらも寄与できることを若干誇らしく思う(またそれか)。

扇情的なサービスを提供するのであるから年頃の娘を持つ親御さんに安心して頂くという責務もあるだろう。マンモスをご予約のお客様が肉を平らげ簡単に張れるテントを張りおまえのテントもぎゅんぎゅんに腫ってるんだろ?となった頃合を見計らって、コテカを着けて長い槍を持った先住民族風の係員達が二人を取り囲み男性の後頭部を鈍器のようなもので死なない程度に殴る。男性が気を失っている隙に女性の連絡先を確認して親御さんへ通報する。二人の間柄について了承されれば無罪放免となるが娘に触れることなど言語道断という返事であれば男性は首から下を土に埋めて女性を家まで送り届けるというところまでがマンモスのサービスとする。『悪い虫がつかないように』てな具合なのである。おあとがよろしいようで。