アイススケート場はじめました

会社の空き部屋を使って新しい商売を始めることにしたのだがアイスクリーム屋は失敗であった。興奮したカップルたちが往来で淫行に及んで青空乱交大祭典みたいになり、警察官、消防隊、自治会の人などが来てけちょんけちょんに説教されるのが目に浮かんだので取りやめた。再び黄色い表紙の職業別電話帳で世間にはどんな商売があるのか調べてみたら三番目には『アイススケート場』とあったのでこれも何かの縁かと思い早速始めてみようと思う。
地球温暖化では済まされない地球高温化と言い換えるのだと強要するお役人が現れるほど冬が暖かくなっている昨今、本来ならまだ寒いはずの3月上旬であってもすっかり春めいている。頭の中まで。まだ毛も生え揃わない子供の頃には駐車場にブルーシートを敷いて水を撒いておけば勝手に凍ってスケートリンクが出来たものだった。もっと昔、我々の親世代の頃には田んぼに用水路から水を引いておけば辺り一面スケートリンクになったそうで、下駄の歯のところに刺身包丁みたいなものを縛り付けてアイススケートを愉しんでいたそうだ。斯様にアイススケートなるものはこの地方ではハイカラな遊びでもなんでもなくヴァナキュラーな年中行事であったのである。そこらの爺さんもトリプルアクセルなんて平然とやってのけるぐらいに。

ところが地球灼熱化の影響で広大な氷の床を作るのに巨額の設備投資が必要になると、アイススケートを嗜むということ自体に安くない銭が必要となり、スカイダイビングやホエールウォッチングあたりと肩を並べる穀つぶしな道楽という認識がなされている。さりとてかに道楽よりは慎ましいが。そういった世相から年々希少価値が高まるアイススケート場に通う客層というのはもう間違いなくセレブリティ気取りたちであって、そのヒエラルキーの頂により近い者といえばフィギュアスケート選手達なのであり、故に彼ら彼女らは中世ヨーロッパ貴族然とした襟元や袖口にビラビラのついた洋服を着て舞踏会の如くくるくるくるくると舞い踊るのである。そういった競技の世界では若い日本人選手が男女共に目覚しい活躍をしておられるので競技人口の裾野が広がり、今後は選民意識が服を着て歩いているようなこまっしゃくれた餓鬼共がウンカの如くスケートリンクに押しかけることだろう。ならばそこを徹底的に煽ってボロ儲けすればよい。

当リンクの氷は遥かフランス北東部のヴォージュ山脈から採水したコントレックスと土佐高知は室戸岬海域で採水された海洋深層水ブレンドした水で作られております

チョロい、チョロすぎる。もし飲むなら軟水と硬水の違いぐらいいくらなんでも気付こうものだがこちとらスケートリンクの氷なのである。絶対にバレやしないだろう。なんならそこいらの下水を汲み上げて氷を作ったとしてもよいぐらいだ。唯一気がかりなのは『どうやって氷を作るのか』という根本的な問題が先程から一向に解決する気配もないことだけだ。