午後の紅茶

「あ、小学校のところまで来たんですけど」車を小学校近くの路側帯に停めてそう連絡をすると、その人は電話口で道案内をし始めた。「道なりに行って最初の信号を右に曲がって・・・」「この辺から車でどのくらいかかります?」「5分もかからないと思うよ」「じゃあ、繋げたままにしてもらっていいですか」「うん」。携帯電話のイヤホンジャックにコードを差し込んでカーステレオから聞こえてくる声に従って車を走らせていたらパタパタとサンダルの音が漏れ聞こえてきた。
促されるまま路地に入ってユルユルと徐行していくと「あ!もしかして黄色い車?今通り過ぎた」という声。曲がるところを間違えたらしい。シフトをバックギアに入れてドアミラーを頼りに後進すると路地の陰に人影が見えた。曲がり角をバックで過ぎて車を路地の先に向けると右側にその人が立っていた。「おひさしぶり」スピーカーから聞こえる声と目の前に立つ人の口の動きがシンクロした。長いこと記憶の塊を固めていた氷が溶け始めるような気分だった。
今回、仕事を通して10数年ぶりに会ったその人が昔と変わったか変わらないかすらわからないぐらい記憶が曖昧だった。でもまあお互い十代の終わりの頃に何度か会った程度だから当時をハッキリ覚えていたとして、老けたな・・・なんて残念な感想しか持ち得ないだろうから曖昧なままでいいんだろう。一通り仕事の話が終わったあとでハーブティーを淹れてくれた。その甘ったるくて淡い酸味のある紅茶みたいなのを飲みつつ近況を話した。当時からの時間の長さを考えればいろいろあって当然でしんどい時期もあったらしい。でも今はそういうのを微塵も感じさせないほど幸せそうに笑うその人を見てたら、卑屈さの欠片もなく幸福感を表に出せるってことはむしろ変な気を遣うよりよっぽどいいことだなって思った。そうやってしばらくの時間を窓から差し込む冬の午後の柔らかい日差しを背中に受けつつ甘ったるい話を聞いて甘ったるい茶を飲んだ。ぼんやりとした記憶は甘酸っぱい茶に溶けて口の中には渋みが少し残るのだった。