オプション2000

ソファの上で昼寝をしていた。秋の太陽は夏の頃に比べて足早に傾き、窓から差し込む西日が顔を照らし始めたから浅い眠りの中で眩しさを感じていた。薄目を開けて辺りの様子を窺うと世界は真っ白で光の中に放り込まれた気分だった。目が慣れるまでソファに腰掛けてぼうっとしていた。やけに静かな午後だった。喉が渇いたなと思ってキッチンへ行き、足元の棚から薬缶を取り出して水を入れてクッキングヒーターの上へ載せて電源を入れた。湯が沸くまでの少し時間が待ちきれずに冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出してグラスに注いで一口に飲み干した。少し前まであんなに美味しかった冷たい麦茶も喉を通るときに冷た過ぎるように感じられるようになった。こういうのも秋なんだなと思った。ヒーターの上の薬缶が湯気を上げ始めていた。

真っ白のマグカップの底を顆粒の黒色で埋め尽くすようにインスタントコーヒーを入れカップの中に並々と湯を注いでダイニングテーブルの上に置いた。椅子に座って窓の外を眺めると東の山の向こうの空がオレンジ色に染まっていた。薄い水色の空の高いところを音もなく飛ぶ鳥を眺めていると音がないことに気付いた。家には誰もおらず外にも誰もいない。遠くを走る車の音や近くの工場で材木を加工する音もない。僕を残して世界中の人たちが消えてしまったんじゃないかと思えるほどに静かだった。もしも世界にたった一人だけ存在する人間だとしたらやっぱりそれを寂しく思うのかな、生まれた瞬間から誰もいなくて他人の存在を知らないまま過ごしたとしても寂しい感情はどこかに記憶されているのかな、そんなことを考えながら珈琲を啜った。

煙草に火を点けて換気扇のスイッチを入れた。ゴオーという空気を吸い込む音がして、それが呼び水となって冷蔵庫のモーター音だとか金魚が泳ぐかすかな水の音や風の音が聞こえてきて音のある世界が甦った。ふとテーブルの上に朱色のネットに入れられたみかんが置いてあるのに気付いた。ネットに貼られたビニルの黄色いラベルには『Beauty Fresh みかん』と緑色で書かれている。やる気のない謳い文句だなと思いながらまだ緑色の残るみかんを指で押してみたら案の定固かった。これも経済活動の賜物というか食うには早いみかんをもぎ取って出荷しないと農家の人が食っていけない世の中ということなのだろうか。それって悲劇だしその主人公はみかんだって思ったらなんだか申し訳ない気持ちになって食べてみることにした。

ネットに指を掛けてビッと破った。それがなんだかちょっとエロくて楽しかった。