冬の陽射し

そのとき僕はなにか冬の陽射しが冷たい地面を温めるような匂いを感じたのだった。
ちょうどこのぐらいの時期、世間がクリスマスだなんだと浮かれ始めて本格的に冬になってゆく時期だった。部活も終了してたし進路も決まっていたし卒業までのいくばくかの月日を隠居老人のように大過なく過ごすだけとなっていた高校3年の頃、ある娘が僕のことを色々(彼女はいるのか等)聞いてくるんだけど気があるんじゃないかって言われた。つってもその娘は同じ年の知り合いと付き合ってたので、そういうデマを流して純情少年の心を弄ぶような奴は豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえと思った。ちなみにステディな女の子はいなかった。
その話を聞いてすぐぐらいに、その娘に呼び出された。何を話したかなんて遥か昔のことで細かいことは忘れたのだけど、余裕のなかった僕は気持ちのまんまを、俺にちょっかい出すんならあいつのこと片付けてからにしやがれ的なことを言ったを覚えてる。その娘は真っ赤になって泣きそうな顔をしてわかったと提示に同意を示したのも覚えてる。そんでその娘と付き合うことになった。ケツの青い田舎の高校生が付き合うといってもなにをするわけでもなく、そういう肩書きが付いたっていうぐらいで、しいて言えば和合の「和」を確認したぐらいの話で。今でも忘れないけどクリスマスにドナルドダックのぬいぐるみを貰った。いまだかつてぬいぐるみを貰ったのは一度しかない。そんなん貰ってもちっとも嬉しくなかった僕は酷く狼狽してきっと奇妙な笑顔をしてたのだと思う。今思うと一生懸命選んだんだろうなあアレ。
やがて高校を卒業して僕はこの街を離れその娘はこの街に残った。それまで毎日遊んでいたトモダチと離れ離れになるっていう寂しい予感が、好きだなんだという言葉になって卒業間近に駆け込みで付き合うとか言っちゃうだけの話だったから、GWにはもうその娘と別れた。
どうして中年のおっさんが突然こんな掘り起こしたくもないような昔話をするかというと、さっきその娘の名前を聞いたからなんだけど。仕事の打合せに行ったらその中の一人が突然「ホニャララって知ってます?」と聞いてきて、あれ?聞いたことある名前だけど誰だっけ?えーと・・・あ!みたいな感じで「チョメチョメ高校の?」と聞き返したらそうだと言う。その人ってのがその娘(っていうか今はもうおばさんだろうけど)の旦那さんで、打合せ資料に彼女が僕の名前を見つけてこの人知ってるという話になったらしく本人確認のつもりで聞いてきたのだった。複雑な心境になった僕は狼狽して奇妙な笑顔で「世の中狭いよね」としか言うことができなかった。
彼女は僕と別れた直後に事件の当事者になりこの街を去ったという話を聞いていた。最近のAVやケータイ小説なんかでレイプや輪姦ってのは頻繁に登場してて、実際にそうことのがあったとしても「よくある話」で片付けられてしまいがちなのかもしれないけど、その時の話を聞いたりなんかするととても生々しくて(洒落じゃないよ)、その当事者は相当しんどいのだろうなあと思うし、果たして立ち直れるものなのかとか思ってしまう。俺なら自殺しちゃうかもしんないなあとか。そんなわけで旦那さんから彼女の名前を聞いて頭の隅っこからあれこれを思い出したとき、結婚したんだ、よかったなあ幸せだといいなあと思った。そんで、僕もいろいろ頭を悩ますことがあるけれど、そんなの屁でもねえよなと思った。