おれ、がんばったよ

合コンに誘われた。ふつう合コンというと居酒屋かなんかで酒飲んで酔っ払って適当にくっちゃべって酔った勢いでどうのこうのっていうイメージがあるのだけど、どこかのレストランを予約しているらしく正装で出席すべしというお達しが出されていた。生憎スーツを全てクリーニングに出してしまっていたので、どうせ後から着ることもあるだろうってことで当日に新調することにした。デパートの3階にある売り場へ行くと綺麗な店員さんが応対してくれて、勧められるままに濃い色のスーツを買った。多少苦しいぐらいにラインがピッチピチだったけれど、このぐらいピチピチじゃないとお尻がセクシーでないと店員さんに言われたので太ることもないだろうしとそれに決めた。裾上げが済んだらご連絡しますというので携帯の番号を教えて売り場を後にした。

すぐさま携帯に着信があったのだけど、それはスーツ売り場からではなく合コンのメンバーからだった。作戦会議をするので4階にある喫茶コーナーみたいなところへ集合せよとのことだった。階段を上り4階の指定された店に行くと、タキシードを着た連中が各々ノートパソコンをテーブルの上に広げてあーだこーだと言っている。確か合コンは4対4だと聞いていたのだけどそこには既に4人のタキシード姿の男共が座っていてこちらに気付いた3人は軽く挨拶をしたのだけど、こちらに背を向けて座っている奴は振り向きもせずじっと黙って座ったままだ。右端に座っている男に面子は4人じゃないのかと訪ねると、どうしても参加したいというので已む無く男だけ5人にしたのだという。その追加された一人というのがどうやら背を向けて座っている奴らしい。そいつの顔を覗き込むと、真っ赤な目をしてじーっと真正面を見据えている。なんだかそいつの触れたら火傷するような意気込みに気圧されて申し訳ない気分になり参加を辞退しようかと右端の男に言うと、それはそれで困るのだと言われた。

自分一人だけ立っているのもなんなので空いてる席に座ろうとしたところで店内放送がかかり、裾上げが済んだので3階の売り場に取りに来いと言っている。なんで店内放送なんだよと恥しい気持ちになりながら男共にまた来ると言って3階へ降りていった。スーツ売り場へ行くと先ほどの綺麗な店員さんはいなくて代わりに高圧的なおばさんの店員が応対してくれた。呼ばれたんですけどと言うとコインロッカーの鍵を出してきて、スーツはそこに入ってるから取りに行けと言われた。なにこの冒険物語とか思いつつ鍵を受け取った。鍵を受け取ったはいいけれどどこにコインロッカーがあるのかわからなかったので聞こうとしたら、高圧的なおばさん店員はスタッフルームのようなところに引っ込んだまま出てこなくなってしまった。仕方がないので館内案内を見て探すことにした。エスカレーターの昇降口付近に案内板はあったのだけど、各階にコインロッカーが設置されていたので困惑した。とりあえず3階から行ってみることにした。

フロアの隅のほうにコインロッカーはあり、酷く汚れていて随分と薄気味の悪い感じだった。鍵を差し込んでロッカーを開けるとカマーバンドがぺろんと一枚入っているだけだった。そんなものを買った覚えはないけれど手に取ってみると、裏に自分のイニシャルが刺繍してあったのでとりあえず腹に巻きつけた。コインロッカーの鍵というものは通常扉を閉めてお金を入れないと抜けない仕組みになっているのだけど、どういうわけか扉が開いたままでも鍵をスッと抜くことができた。他の階との共通の鍵なんだろうと無理矢理納得して4階へ上がることにした。エスカレーターで4階に上がり案内板を見ると、やっぱりフロアの隅のあたりにコインロッカーがあった。ベビー用品売り場を抜けてコインロッカーがあるはずのあたりに来たら、そこは女子更衣室となっていた。おかしいなと思いつつ更衣室を区画しているパーテーションに沿って歩いてみたのだけど、やっぱりロッカーは更衣室の中にあるようだ。天井からぶら下がっている案内のプレートも更衣室の中を指し示している。意を決して更衣室のドアをノックしてみた。

返事がない。というか中から人の気配が感じられない。もしかして女子更衣室っていうのはプレートの付け間違いかなんかで、ここは普通にコインロッカーなんだろうと思いドアを開けた。中は下着姿の女性でごった返していた。え?あれ?とドア付近で一歩踏み込むのを躊躇していたものの、気付いていながらもこちらには全く関心がないようだった。下着姿の女性たちは隣同士と話すのに夢中になっている。目のやり場に困りながらも更衣室の奥の方を見ると、彼女たちのロッカーと並んでコインロッカーが設置されている。なんだやっぱりここなんじゃないか。すみませんと言いながら下着姿の女性たちを掻き分けて奥へ進んだ。手にある鍵の番号と同じ番号のロッカーはここにもあったのだけど、一番上の段、ちょうど脳天ぐらいの高さにあったので背伸びをして鍵を差し込んでみた。当たり前のように鍵は差し込まれ捻るとガチャっと音がして開いた。位置が高くて中が見えないので軽くジャンプして中を覗いた。

赤ん坊が入っていた。え?えええ?意味がわかんねえよ?咄嗟に見なかったことにして扉をパタンと閉めた。するとさっきまで完全無視していた下着姿の女性たちが一斉にこちらを睨みつけてきた。さっきまでの喧騒が止み誰も何も言わない沈黙の中で『人でなし』という無言の罵倒が耳の奥で木霊した。俺には関係ないじゃんと心の中で叫んでみたところで見てしまった以上なんとかしろという彼女らの強制的な人道援助を促す眼差しから逃れられず、とりあえず迷子として届ければいいだろうとロッカーに手を掛けてよじ登って赤ん坊を取り出した。黄色の毛布みたいな服を着せられている赤ん坊は男の子だか女の子だかわからなかったけれど、抱きかかえる腕の中でぐっすり眠っていてかわいいなあとかちょっと思った。更衣室を後にするとき、さっきまで鬼の形相で睨み付けていた下着姿の女の人たちは拍手喝さいで送り出してくれた。

先にサービスカウンターに行くべきかスーツを探すべきかちょっと悩んでからサービスカウンターに行くことにした。ついでに何階の鍵なのか聞けばいいと気付いた。エスカレーターに乗って1階まで降りて出入口近くのサービスカウンターに行って、カウンターの中で帽子を被った受付嬢みたいな人に、この子迷子っぽいですと赤ん坊を渡そうとすると「どのお子様ですか?」と見えてないような素振りをされた。いやだからこの子ですってとカウンターの上に赤ん坊を寝かせると、少々お待ちくださいと言ってカウンターから出て出入口の近くに立っている警備員のところへ行ってこちらを指差してすごく嫌な顔をしてなんかヒソヒソ話をしている。褐色で身体つきのいい警備員も不審な顔をしてこちらを見ている。えー?俺?もしかして悪者扱い?とか思っているうちに警備員が肩のところの無線で応援を頼むような素振りをしている。疚しいことなんてこれっぽっちもないのに赤ん坊を抱きかかえて逃げるようにエスカレーターで2階に上がった。

2階のコインロッカーもフロアの隅にあった。あったのだけども今度は扉の数が異常なほどあった。郵便局の私書箱ぐらいの大きさの扉がズラーっと並んでいて番号がバラバラに付いていた。またロッカーの中に赤ん坊を仕舞ってしまえという考えを先回りして否定された。合コン開始までの時間も迫ってきているし、赤ん坊が起きて泣いたら面倒だし、警備員に追いかけられても嫌だし、物凄く焦りながら鍵と同じ番号の扉を探した。右端から探していったのだけど1/3ぐらいまでチェックしたところで一致しなかったので順序を変えて左端から探すことにした。どうせ真ん中辺にあるんだろうなといじけた気持ちでチェックしていると左端からちょっと中へ寄ったあたりに扉があった。鍵を差し込んで扉を開くと毛のない筆というか筆の柄がぽつねんと入っていた。ああ、これって赤ん坊の髪の毛で筆作るってやつだと思った。これをどうしろというのだ。

流れだ。流れから外れると外道扱いされるのだ。状況を鑑みて4階のベビー用品売り場へ筆の柄を持って行った。レジ係りの太ったおばさんに、この赤ん坊の毛で筆を作ってくれと言うと満面の笑みで、それは大変良いことですねとかなんかとか言って赤ん坊と筆の柄を持ってどこかへ行ってしまった。レジカウンターの前で逃げようか待とうか思案していた。やっと見ず知らずの赤ん坊から開放されたのだし急いでスーツを探せば合コンに間に合うかもしれないここはこの場を立ち去るべきだろうと思った。いやしかし、太ったおばさんが戻ってきて俺がいなかったらきっと館内放送かなんかで外道が赤ん坊を置き去りにしやがったとか言われるかもしれない。でもまて、そもそも俺に落ち度はねえだろうここまでやったんだから。逃げるべし。そう思ったのだけどやっぱり足が動かなかったので太ったおばさんが戻るのを待った。いくら待っても太ったおばさんは戻らなかった。そこへ合コンご一行様が通りかかった。

淡いピンクや水色のドレスで着飾った綺麗なおねーちゃん達とタキシード姿の男たちが談笑しながら歩いてゆく。時間に間に合わなかったようで肩を落としそうになったけれども、少し遅れるぐらいそれがなんだっていうんだろう、たかが合コンじゃないか。それでもその合コンにはもう参加できないという空気に支配され通り過ぎる一団を眺めていた。列の一番後ろを歩いている、さっき赤い目をして正面を見据えていた男と目が合った。すると男はさっと視線を逸らしやがった。刹那、あの赤ん坊の親があいつであの野郎はたかだか合コンのために赤ん坊をコインロッカーに捨てたのだという確信を持った。おかげで下着姿の女性たちに侮蔑の目を向けられ、警備員に不審者扱いされ、合コンにも間に合わずと諸々の鬱憤が激しい憎悪の炎になった。

「おまえ!赤ん坊・・・」と声を掛けた瞬間、男は走って逃げた。太い缶に入った粉ミルクとかが並べてある棚なんかを引き倒しながら男を追いかけて捕まえて殴った。泣きながら殴った。そうだ、これで首を絞めてやると思ってカマーバンドを腹から引き剥がしたらカマーバンドは蛇に姿を変えてニョロニョロと手の中で暴れ始めた。うわ!っと思って手を離したらその蛇はとっ散らかった床の上をニョロニョロとどこかへ這って行ってしまった。

そこで、これは夢なんだって気付いた。ゆっくりと景色が消えていって目を開けたら泣いてた。ものすごく泣いてた。たぶん合コンに行きたかったからじゃないと思う。