七夕日記

もう随分前から妻と離れ単身赴任をしている。妻はアパレル業界の権力者の娘で、結婚する前は義父の下でバリバリ働いていた。彼女が適齢期に差し掛かったときに義父が婿探しをしてどういうわけだか俺に白羽の矢が立った。俺は牛肉関係の仕事をしていたのだけど手腕と功績を認められ晴れて彼女と結婚することになった。だけどそれからがマズかった。俺も妻も愛欲に溺れほとんど仕事をすることもなくなってしまった。いつも雌牛の汚い尻を相手にしていた俺は妻の白くて冷たい尻の前に何も考えられなくなったし、妻も妻で雌牛仕込みの俺の肉棒の虜となった。ほどなくして権力者である義父の黒いコネで会社から俺に転勤の辞令が出た。多額の負債を抱えていた俺は断る術もなく単身赴任となり、妻も仕事に復帰することとなった。
復職当時、妻は俺を思い出すと身体が火照って仕事にならなかったようで、義父は年に一度俺と逢えるようまた黒いコネを使った。一年に一度だけ妻を抱きに本社へ出張することとなった俺は毎日雌牛を相手に肉棒を鍛え続けた。そういう生活が始まって何年かは、年にたった一晩では物足りないものの俺も妻もそれなりに納得して過ごした。離れて暮らすようになって5年目ぐらいだったと記憶しているのだが、妻に「あの日なの。だから今夜は・・・」と言われた。一年に一度、人間の雌と交わる機会をフイにしたくなかった俺は食い下がったのだが、ついぞ妻は首を縦に振らずその晩の逢瀬が終わった。そして翌年も、その翌年も同じ理由で妻は拒み続けた。
ある年、妻に会うと化粧が随分と派手になっていた。俺のためかと思い心が躍ったが昨晩飲み過ぎて二日酔いで気持ち悪いという理由でまたしても身体は許してもらえなかった。声も以前とは別人と思えるほど枯れていたし煙草も吸うようになっていた。持っていたブランド物の財布やバック、腕時計、身に付けている宝飾品は全て貰い物だと笑って言う妻は質屋の常連らしい。
週に一度ぐらいの電話は欠かさなかったのだが、様子が変わった頃から妻は電話に出なくなった。ある日やっと電話が繋がったと思ったら随分賑やかな場所にいたようで、何を言っているのか聞き取れなかった。そしてその日以来電話にまったく出なくなった。それでも毎年の定められた日には会っていたのだが心ここに在らずといった感じで俺の話なんか聞いちゃいなかった。ある年なんかひなびた喫茶店で待ち合わせ、珈琲を一杯飲み煙草を何本か吸うと妻は用事が済んだような顔でさっさと帰ってしまった。次の日の昼休みに前日の態度について一言文句を言ってやろうと電話したら、妻の後ろから小さな子供の声が聞こえてきた。親戚の子かなにかかと訪ねたら気まずそうに「う、うん」と曖昧な返事を寄越した。
毎年の決められた日に、妻は来たり来なかったりするようになった。
別居生活もかれこれ20年ぐらい経った頃だろうか、妻が待ち合わせ場所のファミリーレストランに中学生ぐらいの女の子を連れてきた。女の子は妻によく懐いているようだったしどことなく顔も似通っていた。まさかと思ったがこの歳にもなって毎日雌牛相手に鍛えている俺の純情を踏みにじられるような台詞は聞きたくなったので、疑念は和風ハンバーグもろとも腹の中へ押し込んだ。結局その日は妻と女の子がどういう関係なのか聞くことができなかったが、後日その子の件で妻から連絡があった。身寄りの無い遠い親戚の女の子を引き取って育てているというのが種明かしだと言うのだが到底信じることは難しい。あれこれ聞きたいことがあったのだが妻が言うにはその子が家出をしてしまってそれどころではないと、無事に戻ったら詳しく説明するということだった。そして数週間の後、女の子は深夜の繁華街で補導され無事に妻の下へ戻ったようだった。さして力になってやれなかった俺は、女の子との関係を聞くことができないまま月日が流れた。
悪い想像を払拭するように一心不乱に働いた。妻との関係は相変わらずのまま来年で定年を迎える歳になってしまった。だが必死で働いたおかげで抱えていた借金も全て返し終わった。俺の人生で三度目の転機がやってくる。本社への出張という名目で妻に会うのも今年で最後になるだろう。義父は老いてなお黒い権力で業界内外に睨みを利かせているが、禊も終わる来年からはもうずっと妻と一緒に暮らせる。妻を悦ばすために一日たりとも雌牛を使っての鍛錬は欠かしたことがない俺の肉棒は今でも現役、むしろ進化し続けている。妻とて還暦をいくつか過ぎているが、この天狗の鼻というか如意棒というかウタマーロを目にすれば受け入れてくれるだろう。

そして今年も妻と会った。歳相応といった見た目ではあるけれど俺にとっては相変わらず魅力的だ。年甲斐もなく照てしまったが妻を誘ってみた。妻はいつかのように至極残念そうな顔を作って言った。
「ごめんなさい彦星さん、今日あの日なの。だから今夜は・・・」
その刹那、俺は叫んだ。
「こら織姫。あんたどう考えてもアガってるじゃん!あの日って!」
しばしの沈黙の後、織姫の重い口が開かれた。
「ジャーッ。ピヨピヨピヨピヨ」
その刹那、俺は叫んだ。
「それ音姫じゃん!名前違うじゃん!」


なんだこれ?といったわけで夏ですね。暑いなあもう。