日記

午前中、仕事してたら伯父さんから携帯に着信があった。
「あのな、○○(従兄弟)が今朝死んじゃったんだよ」
あまりにサラっと言うのでなんのことだかわからなかった。従兄弟は3兄弟の一番下で僕と同い年。嫌な気配を想像させるフシがないわけじゃなかった。それより伯父さんの『死んじゃった』という言葉が引っ掛かった。「そんなはずではなかったのに」というニュアンス。葬儀の段取りなんかについては聞けたけれど「なぜ」ということは聞けずに通話を切った。もうすぐ昼になりそうだったから午後イチで顔を出すことにして昼飯を食った。普通に食えた。食ってるあいだ、もしも嫌な気配がそうだったとしても僕に何ができただろうとか考えているうちに、そうなるまで放っておいて、なにも死ぬこたあねえだろうなんて思う自分に腹が立ってきた。
静かだった。こんにちはと玄関で言うと赤い目をした真ん中の従兄弟が座敷から出てきた。仕事の関係の人らしき先客と茶の間の座卓を囲んだ。どう切り出したらいいものか逡巡していたら真ん中の従兄弟が「今朝病院で」と話してくれた。違った。嫌な気配は霧散して代わりに実にあっけなくて拠り所のないできごとを聞いた。まるで道を歩いていたら突然バカでっかい恐竜かなんかが現れてばっくり喰われてしまったような話だったけれども、それにだって因果を示す点と点が見えない線で繋がっている。どうも人が「死ぬ」っていうのはそういうことらしい。おそらくそういうのを世間一般に『寿命』という言葉で言い表すのではないかと思う。
病院から車で運ばれてくる彼を待ちながら、昨日まで普段通りに働いていた会社の人から最近の様子を聞いた。そこで語られる彼といえば僕の記憶にある小さい頃の優しい彼のままの人となりであったり、健康管理に気遣って強く生きていた姿だった。嫌な気配を生み出したのは僕の中の傲慢さだったし、まるで赤の他人の話を聞いているように「あ、そうなんですか」を繰り返す自分は一体何をするためにここに座っているのだろうなんてことを思った。そのとき茶の間の隣の、食卓にこちらに背を向けて座るお婆ちゃんが「帰れ!どうせ上っ面だけ悲しい顔して慰めに来たんだろ!本当は悲しんじゃいないくせに!帰ってくれ!」と宙に向かって叫んだ。
居た堪れない気持ちになった。先客が煙草を吸うと言って外に出ていったのでお婆ちゃんのところへ行って声を掛けた。なんて言ったらいいのか分からないまま「来たよ」と告げるとお婆ちゃんは「どうしてみんな先に逝っちゃうんだよ、カミサマは順番を間違ってるよ、わたしゃ死にたい」と嗚咽した。親父が死んだときに項垂れてる姿を思い出した。お婆ちゃんを慰める言葉を僕は持ってない、ただ「遺されちゃったんだから生きるしかないよ」と言ってシワシワの手を握った。旦那も息子も孫にも先立たれた老婆の深い悲しみ。長生きも苦痛を伴うらしい。
結局、お婆ちゃんの前から逃げ出すようにして外へ煙草を吸いに出た。そうこうしているうちにバンがやってきて荷台から白い布に包まれたストレッチャーを葬儀屋の人が運び出して、玄関から先は伯父さんや従兄弟たちと彼を座敷に運び入れた。布団の上に寝かせて布を開くと胸の上で手を握った彼が現れた。おつかれさんと思ったし、早すぎるよとも思ったし、君はこんなときばっかり野面下げてやってきて何もできない僕をどんなふうに見てるのかなとも思ったし、まあとにかくいろいろな思いが巡った。悲しいのかどうかもわからないまま涙が出た。