Too Much Pain

僕らは半径100mぐらいの中で空前絶後ベビーブーマーだった。同い年の男の子や女の子がすぐ近くにたくさん住んでいて、何人かいる女の子の誰かを好きになったりすれば甘酸っぱい想い出のひとつもあるんだろうけど、当時の僕はあんまり女の子に興味がなくて(かといって男の子を好きになっちゃうようなこともなくて)、現実の圧倒的な力不足を否めない子供なんかよりブラウン管の向こう側にいる全知全能なヒーローたちに夢中になっていた。誰だってそんなもんだろうけど。そしてその子供たちの中にサトミちゃんという一人の女の子がいた。彼女の家はそれなりにお金を持っていたからいつも周りの子よりも小奇麗な格好をしていた。それが理由かどうかは知らないけれど彼女は割りと男の子たちに人気があった。鼻タレどもが女の子を好きになる理由なんていい匂いがするとか珍しい消しゴムを持ってるだとかせいぜいがそんな理由なんだろう。年を食ってもいい匂いがするとかおっぱいが大きいとかそんな理由で惹かれたりするんだから男なんてのは鼻タレ時分と何も変わっちゃいないといえばそうかもしれない。
そんなふうにテレビや漫画に憧れの眼差しを向けていたからといってぼんやりした子供だったわけじゃない。大人の顔色を窺うのが得意な子供、というとそんなの子供の嘘なんてすぐわかるだろみたいなものだけど、自慢じゃないけど僕が得意だったのは顔色を窺っておどけてみせるのを、大人がわかっていてそれに乗っかるのを計算づくで思い通りのシナリオに乗せて行くということだった。そして大人が何を言われると黙るしかなくなるのか知っていた。というと大げさに聞こえるのだけど実際そんな子供なんていくらでもいるし、ようするに甘え方がちょっとだけ複雑なだけっていう話だ。大人は厳しい。テレビばっかり観ちゃだめだ勉強しなさい。お店でギャアギャア騒ぐな。そんなにお菓子ばっかり買いません。そういう弾幕を掻い潜って懐に潜り込むんだ。変な話、そうやって大人に対しては回りくどく接しているのに子供同士になるとガラス玉のような目で見たままを享受するような、作戦もヘッタクレもない付き合い方をしていた。言うこと見ることの全てを信じていた。誰も傷つけないし誰からも傷つけられないと思っていた。

当然だけど男の子の幼馴染もいて何人かはいまでもすぐ近所に住んでいるんだけど、いつも僕とあと2人で小学校に通ったり帰ってきて近所で遊んだり(いつも墓場だったから何も知らずに卒塔婆をヘシ折ったり)してた。ある日、僕はその幼馴染を学校に置いたままサトミちゃんと家に帰ったことがあった。おそらく待ち合わせのタイミングが悪かったんだと思う。2人で歩いた帰り道の学校と家のちょうど1/3の地点のあたりにある長い上り坂の入り口のあたりまで来たところで真っ赤な顔した幼馴染が走って追いついてきた。そして「おまえなんか女と一生遊んでろ」みたいなことを言って坂道を駆け上っていった。今そう言われたのなら「ああそのつもりだけど?」と大笑いで返事を返すところだけれども、当時は女の子と一緒に扱われるのが嫌な年頃というか、なんだろうなあれ、とにかくオンナは弱いイコールかっこ悪い(ヒーロー像的に)みたいなところがあって、それを信頼しきっていた幼馴染から言われたものだから相当なショックだった。なにしろこんなおっさんになっても覚えてるくらいだ。たぶん彼はヤキモチを妬いていたんだろう。もっと後になって好きだったっていうのを本人から聞いた。

まあそうなるとサトミちゃんに八つ当たりするわけで「おまえのせいだ!」とかそんな感じで独りグショグショに泣きながら家に帰った。家庭環境が複雑な家庭じゃなかったんで母ちゃんが出てきて「どうした?」みたいなことになって、ウェッウェッとえづきながらアイツに悪口言われたー!みたいに泣いた。ここが運命の分かれ道だった。そのとき母ちゃんは優しく僕を諭した。

「人なんて信用するもんじゃないんだよ、たとえトモダチでも。みんなおまえじゃないんだ」

大事なことだって三歩歩けば忘れる鶏みたいな脳みそのクセしてその一言が変に頭の中に残ってしまった。子供なんてのは昨日喧嘩したって今日はまた仲良く遊んでるはずなのに僕はもう無垢なガラス玉の目で見られなくなってしまった。大人に対してそうしてきたように子供同士でも裏の裏へと意識が向かうようになった。別に全てを母ちゃんのせいにするわけじゃないけれども、あの瞬間は決定的だったなあとやっぱりそう思う。誰もが通り過ぎる季節の様々なシーンで僕は裏切り行為をしてきた。結果的に裏切ることになるのならともかく狙い澄まして陥れてきた。グッドバイ、ダサい奴ら。そういった累々たる屍の上に今日の僕がある。他人と何某かを分かち合うっていうのはとても美しいことだとは思うけれど、それが出来ないでいることを悲しいとか寂しいとか言い出した途端、僕は満面の笑みでもってそいつの棺桶を用意する。

なんていう話をどっかで聞いたことがあるような気がするかもしれない。