消毒ベーカリー

風邪をひいたらすぐに病院に行くのは、自然治癒がどうのこうのなんていうわけのわかんない根性論みたいなものよりずっと治りが早いからで、風邪に限らず具合が悪けりゃさっさと医者に診てもらうことにしている。なにしろその先生は自慢のBMWで高速道路を2百数十km/hでぶっ飛ばして免許を取り上げられたぐらいスピードには定評のある先生だ。町医者なので割りとこちらの要求を聞き入れてくれる。「先生、寝てるヒマないんで注射お願いします」といえば注射をしてくれるし「先生、食塩水ばっかりじゃない点滴を」というが早いか管が刺さっているし「先生、人肌恋しいんで看護婦さんに添い寝してもらいたいんです」といばミニスカートでマスカラ山盛りのナースを90分26000円で用意してくれ・・・してくれない、うん、それはない。
とにかく風邪をひき、いつもの先生にいつものように注射をしてもらった。あの病院独特の消毒や薬品の匂いを嗅ぐと無性にパンが食べたくなることがある。まれに。子供の頃、母親に連れられて病院に行った帰りに、パン屋に寄って昼食用のパンを買って帰ったことが何度かあった。ふつう風邪をひいたらお粥とかうどんといった消化の良いものを食べさせるはずなのだけど、どういったわけかウチの母親は僕に調理パンを与えた。しかも思い出すのは揚げてあるカレーパンとか白身魚のフライにタルタルソースがかかっている調理パンとか、ものすごく油っこいものばかりだ。そこのパン屋のそれらのパンは今でもふつうに好物なのと同時に、病院の消毒の匂いとセットで思い出されるパンでもある。
そんなわけで、病院の帰りにパン屋に寄り、カレーパンと白身魚のフライのパンをトレイに乗せて店内をウロウロしていたら三つ折パンというのが目に入った。これも食ったなとトレイに乗せた。この三つ折りパンというのは細長い生地を文字通り三つ折りにして間にピーナツクリームが挟まっていて表面には練乳の固まったようなのが塗ってあるパンでかなり甘い。
家に帰って、まずカレーパンを食い、白身魚のフライのパンを食い、三つ折パンを、と思ったのだけどやはり油っこすぎて気持ち悪くなって食えなかった。取っておいてもたぶん食べずに腐らせてしまうだろうと母親に三つ折パンをあげることにした。ついでに、どうして病院に行った帰りの具合悪いときにあんな油っこいパンを買って食わせたのか聞いてみた。
すると「はあ?おまえそれ歯医者の帰りじゃね?(バロス」と言われた。そういやそうだった。