長い夜の長い日記

この街の世間は狭い。誰だって否応なしにルーツを持っていて出自を紐解けば遠い過去から時代背景と絡み合いながら連綿と続く『業』のようなものが見えてくる。そして世間が狭い状態では、割と少なくない人間が僕と今の僕を形作っている理由なんてものを知っていたりする。
昨夜は敬愛する人と飲みに行ってきた。出会って数年になるけれどこれまで至って真面目なお付き合いというか、よっぽど心の深い部分にある柔らかいところの話なんかは散々してきたのだけれども、まるでタブーのように女性の話題が出てこなかった。先日、ふとしたときにオネーチャンの店の話になり、以前行った女郎のような格好をしたフロアレディーが接客する店がなかなか趣きがあるという話に彼が興味を示したので行ってきた。築60年の元遊郭(昨夜知った)の建物が醸し出す雰囲気や「所作がいいよねー」なんて言って座るときに膝や内腿の肌が見えるのを愉しんだ。ホスト役になって人を連れて行くときは大抵大人しく口数も少なめになる。そんな様子でいると「なんか猫被ってない?」と同行者に逆に気を回されて(僕は彼のそういう繊細なところが大好きなんだけど)、そんなことを言わせてしまうこのエセ女郎どもの接客はちっともエモーショナルじゃねえなと店選びを失敗した気持ちになった。とはいえ少しは上手なエセ女郎1号(所謂No.1)がやってきて閉店する頃には楽しい雰囲気になっていた。
店を出て「寿司を食べよう!」と彼が言い、彼に同行してきた第三のおっさんがベロベロの千鳥足というかアホの坂田みたいになりがらも三人で寿司屋まで歩いた。途中知り合い数人と出合い「連日遅くまでご苦労様です」とか言われた。世間が狭い。寿司屋に着くとすでに灯りは落ちて暖簾もなく、じゃあモツ食うかということでモツ焼き屋へ行った。すると今度は仕事関係の知り合いが独りで呑んでいた。目が合ったので軽く挨拶をして歩道にハミ出た席に座った。大分酔っていると思われたそのおじさんがこちらへやってきて「あんたはもっと自分を出さなきゃだめだよ」なんて始まった。話を聞いているうちにあんまり酔ってないし普段はそんなこと言わないけれど随分と期待をされていることを知って、おまけに敬愛する彼も加勢して「一番いいところが出せてない」なんて言われて、この人たちは凄く僕のことを見てくれてるんだと感激して泣きそうになった。ふとベロベロの彼を見たら死んだ魚の目でこちらを見ていた。泣けなかった。
そのとき「キェーーーー!」という叫び声が向こうの歩道から聞こえてきた。女の人が怒り狂って男の人を叩いたり蹴ったりして奇声を上げていた。「おまえなんかキェーーーー!」とか言って錯乱していた。騒ぎが収まると呆気に取られていたおじさんは「がんばれよ」と言って帰っていった。僕は深々と頭を下げながら世間が狭いからこんなこともあるんだなと思った。じゃあ気を取り直して飲みますかって段になると今度は見知ったオンナノコが店を上がってモツを食べに来た。あれ?いま店終わり?なんてアズースーンナズ敬愛する彼は僕らのテーブルにオンナノコ用の席を2つ用意していた。僕は彼のそういう繊細なところが大好きなんだ。ベロベロの彼を見ると目に精気が甦っていた。しばらく5人で飲んでいい加減眠くなってきたのでお開きにした。AM3:30だった。帰り道「着物のお姐さんもいいけど、ホットパンツの若い娘もいいよねー」などと彼はご満悦で「次回は彼女たちの店で」と固い握手を交わして見送った。世間が狭いというのは面倒で悪いこともあるけれど思いがけず良いこともあるなと思った夜だった。