偶然を運命だと勘違いするを鵜呑みにする

メールの送り先を間違えて送信してしまうなんていうのは都市伝説かなにかだと思っていたわけなんだけれども、慌ててたせいか、携帯電話に登録してある本来送るはずの人の一つ上に表示されている方に送ってしまった。片や名前と会社名合わせて7文字に対して、片やカタカナ3文字なのにどうして間違えるのかうっかりすぎる。救いだったのは誤って送ってしまった方にとって全然関係ない内容であったことで、これが仕事上のナイーブな情報を渡してはならない相手に漏らしてしまったりだとか、オススメ風俗情報を親に送るだとか、徳川埋蔵金の在り処だったりしたら目も当てられない。とはいえ突然意味不明な内容のメールが届いた方はさぞ驚かれたことだと思うので、ここでお詫び申し上げます。ごめーん間違えちゃった!テヘッ☆
というようなことがあって、こういった誤送信の原因について移動中の車の中でヒマしてたのでポワワワーンと考えてみた。おそらく原因は2つある。1つ目は今回のように、そりゃないっすよご隠居的なうっかりミスによるもので、もう1つとしては偽装というか誤送信を装ったご機嫌伺い的なナニカだと考えられる。主に優柔不断な男子によるものじゃないかなって思う。

僕と彼女は高校のクラスメイトというどこにでも転がっているような出会い方をした。教室で席が近くになった頃から僕らは、CDの貸し借りをしたり、小説や漫画を回し読みしたり、僕の弁当の塩辛と彼女の弁当の酒盗を交換したりした。毎日の中でそういった時間が積み重なっていって、ふと気付けばなにかにつけて彼女にシンパシーを覚えるようになって、多くの人がそうなるようにお互いが特別な存在だと思うようになっていった。
文化祭の最終日の夜、打上げと称してクラスのみんなで行ったカラオケボックスを僕と彼女はこっそり抜け出した。河原に並んで座って甘いお酒を二人で飲みながら、学校のこと、これからのこと、藤原鎌足のことなんかを話した。そのうち会話が途切れるのが恐くなって、とにかく沈黙を避けるように話を続けたのだけど、そんなときに限って彼女は「うん」とか「ふうん」とか簡単な返事しかしなくなっていって、いよいよ会話が途切れてしまった。河の流れる音がザアザアと聞こえてきて、耳を澄ますと河の音の他にも虫の鳴き声や、遠くを走るバイクの音、すぐそこでカーセックスをしているカップルのあえぎ声なんかが聞こえてきた。
黙ったまま水面を眺めて、耳の下のあたりが激しく脈打つのを感じながら彼女が何を言うのだろうかと考えていた。「ねえ」と彼女の声がやけに近くから聞こえて振り向くと、ほんのり赤くなった彼女が目を閉じてなにかを待っているようだった。彼女の唇は柔らかくて文字通り甘酸っぱい柑橘系の果物のような味がした。たぶんさっきまで飲んでたサワーの味だ。唇がそっと離れた。ゆっくり目を開けたら少し怒ったような彼女の顔が目の前にあって「もう、ずっとしゃべってるんだもん」と言って少し笑った。そんなふうにしてどちらから告白するということもなく、なんとなく僕たちは付き合い始めた。そしていくつかの季節が過ぎていった。
いま僕の隣に彼女はいない。2年前の夏に僕や彼女を含めた仲間数人で海水浴に行くことになっていたのだけど、僕は直前になってどうしてもイカの塩辛が作りたくなって、あの時期を逃すとワタの新鮮さが失われるからどうしても作りたくて海水浴には行かなかった。彼女はそのときの海で知り合った男と付き合うのだとその年のクリスマスの少し前に言われて僕たちは別れた。クリスマスは一人で塩辛を自棄食いした。そして先月、高校の同窓会があった。僕は彼女が来ると聞いていたから行かなかったのだけど、行った友人から聞いた話では彼女は今のところ恋人はいないということだった。僕もあれ以来恋人はいない。

To:ユキエ
Sub:タカシへ
今年は塩辛がびっくりするほど上手に作れたんだ。
一人で寂しいから食べに来ないか?

とまあ、こんな具合に誤送信を装うこともあるんじゃないかと思ったんだ。雨降ってたし。