ブックマークした記事のカケラも思い出さなかった
ねえ。別れた彼氏とトモダチになれたりするのかな。
真正面を見据えた格好だけど焦点は定まってないようなどこか遠くを見ているような目でそう言ったから「まずない」と言った。「そっか」とだけなんだか悲しげな返事をよこしたので「海でも見にいくか」と言ってみた。ただ言ってみただけだけれど。そしたらなんだか嬉しそうにしたから「身も心もボロ雑巾になるような恋に落ちればいい」と言ってみた。「なんでボロ雑巾になるのよ」と怒りながら笑ったから急にベロが滑りはじめた。
朝早く待ち合わせしてのんびりいくんだ。途中のサービスエリアにいちいち立ち寄ってフランクフルトを食ったりイカの入ったカマボコみたいなの食ったりすんの。10時ぐらいに海に着いたら堤防だか防波堤みたいなところに座って海を眺めるの。遠くの漁船を眺めながらイワシとか泳ぎっぱなしで疲れないのかなとか、このザザーンっていう波が弾ける音聞くと東映のオープニングをつい思い出しちゃうよねとか、波打ち際をずっと見てたら気持ち悪くなっちゃったとかさえない会話をしながら海を眺めるの。そのうち腹が減ってきたら民宿みたいなところでラーメンかなんか食うんだよ。食ったらまた堤防だか防波堤のところへ行って海を見るんだけど、あったかくなってるし腹も膨れてるから眠くなったからちょっと横になるとか言って膝枕で昼寝すんの。勝手に頭載せんの。腹に耳を当てるとポコポコゴボゴボってフランクだかカマボコだかラーメンだか消化してる音が聞こえて、母親の腹の中で聞こえる音ってこんなんかなとかムニャムニャ言いながら寝ちゃうんだ本気で。しばらくしたらおでこに水滴を感じて起きるんだけど辺りは陽が陰ってきてるけど晴れてて、なんだろって思ったら座りながら寝てるあんたのヨダレで、おいヨダレって声かけたら「むはっ」とか言って起きるわけ。ヨダレ垂らしながら。そろそろ寒くなってきたし帰るかってなるんだけどすぐそこに『天然ラジウム温泉』って看板が出てるひなびたラブホみたいなのがあって「風呂入ってく」って返事も聞かずに入るわけ。一緒に入る?とか甘えた声で言ってみるんだけど、ばっかじゃないとか言われて一人で入るの。で、風呂から出てきて、入ったら?って言うと、覗くなよ!とか言って入るわけ。なに言ってんだかって感じで。風呂入ったら体があったまりすぎていつまでも熱くて、パンイチでうろうろしてると出てくるんだよ備え付けの浴衣かなんか着て。そしたらなんでパンイチなの?とか言うわけ。熱いからって返事するんだけど、あー喉渇いたーって人の話聞いてなくて冷蔵庫からキリンラガーかなんか出してきて飲むの。シーツがひんやりしてて気持ちいいつって寝っころがってる隣で、浴衣みたいなの着てビールごくごく飲んでるの胡坐かいて。そしたらさ、やっちゃうわけ。たぶん。そんで着替えて帰るんだけど、もう着くよって頃に「やっちゃったね」とか言うわけ。帰り道でそれまで一切触れなかったのに。そしたら海は生命の源だからとかわけわかんない返事すんの。
ちょうどそこまで話し終えたところで、あすかちゃーんって声がかかると、抑揚のない声で「ごちそうさまでしたー」って言い残して向こうへ行った。