ぐるぐるグルグル

献血に行ってきた。ずっと前に新宿駅の地下のところの献血センターみたいなところを通りかかったときにしてみようと思ったのだけど中に人がいっぱい犇いていたからやめた。このまえ酒の席で、子供が重い病気になって手術のときに血液がたくさん必要になったのだけど親族の血液では拒否反応みたいなのが出やすいからテレビなんかで子供の隣に親が寝て血液あげてんのは嘘っぱちだと聞いて、じゃあ機会があれば献血してみようと思ってた矢先に案内が届いたのでやってきた。そんなことでもない限り気にもしなかっただろう。
事前に記入するアンケートの「不特定の異性と性的な接触があったか」というような設問のマークシート欄をじっと見つめた後で同じテーブルで記入してる人たちの顔を覗ったりなんかしてたら、ここにいる名前も知らない人たちにそれぞれに運命だなんだって勘違いしたり寂しさを紛らわすためとか金のためとか、いろんな物語の夜があったんだろうなって思ってたら可笑しくなってきて頭ん中の収拾がつかなくなってきたからささっと『いいえ』の欄を黒く塗りつぶした。で、問診されたり血圧を測ったりした。血圧を測ってくれたおばあさんとスペインの美術館の話をした。
駐車場に停めた車に乗り込むと貧血の検査があって、血を抜いた係りの人に「しっかり濃い血です」と言われた。その言い方がなんだかナショナリズムについて言っているようで、いや別にそういう政治的なことはどうでもいいんだけどなんて思ったり、一族の純血さみたいなのだとすると親父は小さい頃に火傷の手術を受けていてその時に大量の輸血をしてるから、この身体には誰のものだかわからない血や遺伝子がいっぱい流れていて雑種というか混血というかちっとも特別な濃さではないんだなと思った。そんなことは今まで考えたこともなかったなって。
血を抜いてる間は、寝てるベッドのすぐ脇にある機械の箱の中で血が入った袋がぐおんぐおんて回ってて、看護婦さんみたいな人に水分を摂れとか固いスポンジを握ったりしろとかあれこれ言われてたのだけど、機械の音を聞きながら目を瞑っているときに見た光景は大東亜戦争のときに南方って呼ばれてた島で撃たれて血を流す日本の若者の姿で、彼らが撃たれた腹や胸から勢いよく血飛沫を上げて身を捩りながら倒れたジャングルの足許に落ちてる緑色の葉っぱの上に赤黒い血の水溜りを作っていくような、そんなワンシーンで。その若者の血と今抜かれてる僕の血の違いってなんだろうとかよくわかんないことをぼんやり考えていた。
採血が終わり腕に刺さっていた針を抜かれたら腹がグルグルって鳴った。肉が食べたい。