先生に何が起こったか

近所にピアノの先生が住んでいる。もう少し具体的に回りくどく言うと、近所の防音もヘッタクレもないような木造住宅に住んでいる妙齢の奥さんはそこいらの子供を自宅に招きいれてピアノを使っていかがわしいことをしている。と、歪曲した感じになったが読者サービス的な捏造なので無視して続ける。自宅から会社までの通勤路の途中に件のピアノハウスがあって昼休みに自宅で飯を食うために歩いて通ると、ハウスの中から聴いたことのあるようなないような調べが聞こえてくる。毎日じゃないけど。子供たちは学校で給食のコッペパンをほじくって中の白いところだけを食べて穴からホイップクリームの甘いデザート的なおかずを詰めて簡易コロネを作ってヒーローになったり、牛乳の早飲みをしてるときにむせて鼻から勢い良く噴出してそれを雑巾で拭くんだけど乾いた雑巾が強烈な臭いを放ってそれ以来アダ名が『ゾウキン』になってる最中だと思うので、弾いているのは奥さんであるところの先生なんだと思われる。

歩いていてピアノの音に気付いて徐々に明瞭になる旋律を聞きながら家のあたりまで来たときに不意に演奏が止まったりするときがある。調子よく曲が流れていたにも関らずなぜ演奏を止めてしまうのだろうといつも思う。なにかこう上級者にしかわからない失敗があって「こんなんじゃコンクールでは通用しないわ」とか呟いて髪を掻き毟ったりしてるのだろうか。それとも猛烈な便意をもよおしたのかもしれない。もしやクリーニング屋あたりが押し入って「奥さん・・・ガバッ」みたいな情事がおっぱじまったかもしれない。あれこれ一通り想像してみたけれど、石立鉄男がやってきて「この薄汚いシンデレラめ!」って罵られた線が濃厚っぽい。真相はわからないけれども先生は弾くのをやめてしまうのだ。非常に中途半端なところで。たまに。

昨日も昼休みに先生はピアノを弾いていた。角を曲がって少し行ったあたりでピアノの音が聞こえてきて家の前を通り過ぎて聞こえなくなるまで演奏は続けられた。なんて曲かは相変わらずわからなかったけれど、弾きなさいと言われたら牛島がフォークボールを会得したときのように指の間に鋏を入れないと弾けないような複雑な和音の曲だった。途切れることなく演奏が続けられたので、なんだかホッとするような安堵の気持ちになった。そして仕事を終えて夕方に先生の家の前を通りかかったとき、ピアノの調べが聞こえてこない代わりにおこのみ焼きの匂いが漂ってきた。先生がにっこりと歯を見せて微笑んだとき、上の歯には青のりが張り付いているに違いないと思った。ちょうどピアノの鍵盤のように。(笑うところですよみなさん)